平成30年7月豪雨被災地視察へ④~繰り返してしまう災い

水害碑が伝えていること

15人の方が犠牲になった坂町小屋浦地区へ。

 

ここを流れる天地川は氾濫を繰り返しています。

 

明治40年に起きた水害の石碑を見学しました。

犠牲になられた44人のお名前が刻まれています。

昭和20年にも氾濫が起きて4人の方が亡くなり

天地川の上流では砂防ダムも設置されてはいました。

 

それでも、また犠牲者が出てしまったのです。

 

このあたりを埋め尽くしていた土砂や

倒壊した家屋などのがれきは取り除かれていましたが

痕跡は残っています。

通常はこの程度の水量。

ここでも川の豹変ぶりが怖かったです。

 

お花が供えてありました。

ここで犠牲になった方がいらしたのですね。

水害碑のすぐそばでした。

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住むのには、よい場所だった

最後の視察地は広島市の安佐南区八木3丁目。

平成 26年8月の豪雨被災地です。

(内閣府ホームページより)

 

大規模な砂防堰堤が作られ

雨水を流す地下水路も建設中とのこと。

 

ふりかえると

太田川をはさんだ反対側の山々の斜面にも

同じような住宅地が広がっています。

広島市の人口は約119万人。

太田川の三角州に位置する広島市では

山腹や谷の中まで住宅が建ち並んでいます。

 

確かに土砂災害を考えると危険なところなのですが

この地域も日当たりもよく、水はけもよく

買い物も便利で、眺めも良く、緑が多く・・・

住むのにはとっても良い場所なのです。

 

たった一晩。

猛烈に降った雨のために

77人の方が命を落とされました。

(災害関連死3名を含む)

 

慰霊碑の前で黙とうを捧げました。

 

いつもは恵みを与えてくれる自然が

危険をもたらすものに変わってしまう

「その日・その瞬間」だけ

距離をとる=避難する

その大切さと難しさをかみしめました。

 

気象災害で命を落とさないでほしい。

 

そのためには「自分の命は自分で守る」という文化が必要で

それをつくっていくには時間がかかると思います。

 

こんな哀しいことを繰り返さないために

情報の意味、入手方法、どうやって判断していったらよいか・・

根気よくお伝えしていかなければ。

 

今回の視察ツアーを企画してくださった

気象キャスターネットワークのみなさま

丁寧にご説明くださった

国土交通省中国地方整備局のみなさま

ありがとうございました。

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